タクミシネマ              ライアー

 ライヤー    ジョナス・ベイト監督

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ライアー [DVD]
 売春婦が夜の公園で殺され、胴体を二つに切られて発見された。
その容疑者として、一人の男が任意で取り調べられている。
証拠がないので、嘘発見器にかけられる。
しかし、そのやりとりの中から取り調べるほうと、調べられるほうの心的な葛藤があぶり出される。

 容疑者ウェイランド(ティム・ロス)は、お金持ちの生まれで富豪の息子である。
IQ150と頭脳も優秀で、アイヴィーリーグの出身と言う設定。
しかも、父親と対立し無職でながら、なぜかお金には不自由せず、
闇の人間とつきあいがあり、危険なアブサンを飲んでいる。
TLEという幻覚を伴う病気もちでもある。

 それに対して二人の刑事のほうは、フィル(クリス・ペン)は高卒で、
警備員を四年つとめたあと刑事になり、町の闇飲屋のギャンブルに手を出して
二万ドルの借金を抱えている。
それを月曜日までに払わないと、娘たちに危害が及ぶ。
この闇の世界がウェイランドの付き合っているのと同じ世界で、
フィルの個人的な事情を彼は知っている。

 もう一人のケン(M・ルーカー)は、IQ120で嘘発見器の操作にかけてはベテランだが、
電気修理工を父にしたむしろ下層階級出身。
分不相応な美人と結婚したので、劣等感がじゃまして家庭が心安まる場にならない。
奥さんが才色兼備である彼女相応の男と浮気しても、
ぐっとこらえて奥さんを許すのだが、彼の男性性が満足しなくなった。
そこで、彼は売春婦のところへ行って、精神のバランスを保っていた。
より下に見る者への転移である。
この設定は鋭い。
最初は伏せられているが、殺された売春婦はケンが通っていた売春婦である。

 最初は容疑者が一方的に取り調べられるだけだが、
刑事たちの事情も明らかになるに従って、事件の真相は分からなくなる。
闇の世界を媒介にして、刑事たちの私生活が判明していく。
最初は嘘で固めた三つの人格が、表面的な関係を作っているだけだが、
真実が明らかになるにつれて、誰も嘘がつけなくなり、ケンも嘘発見器にかけられることになる。
そこで判ったことは、ケンがこの売春婦を殺していたことである。
しかし、それは突発的なものだったが、
そこに来合わせたウェイランドは自分が疑われると思って、胴体を切断し駅と工場跡地に捨てた。

 自分の嘘がばれて切れたケンは、刑事であることも忘れて、
拳銃を使ってロシアン・ルーレットで容疑者を脅してまで、本当のことを言わせようと迫る。
この映画には、嘘はいけないことだという前提が貫徹しており、
嘘は自分の人格の崩壊を招くと言っている。
嘘は悪いことと言うのが、この映画を成立させており、
それは今後の社会を成り立たせるの鍵になるかも知れない。
しかし、この映画はキリスト教的な神との対応が底に感じられるが、
嘘は悪いことだというのは何が保証するのかが語られていない。

 この三人の三者三様の展開が、嘘発見器を挟んだ取調室という狭い空間で続く。
容疑者とか刑事といった、立場を越えた人間性だけをむき出しにする情報社会の
半ば病的な心的構造を、画面はぎりぎりと描いていく。
たしかに嘘は、人格を崩壊させかねないのは事実であるが、
情報社会自体が虚の上に成り立っているのだから、この映画の設定はトートロジーでもある。

 こうした限界を含みながらも、この映画は新しい観念の世界に入っている。
最後に容疑者が発作で死んだように見せ、警察からは死体として搬出されるが、
死体を受け取る救急車は闇の世界に属している。
死体には執着しないキリスト教徒たちの習慣からか、父親は火葬にして欲しいと気軽に頼むが、
葬儀屋がまた闇の人間で、実は容疑者は生きていると言う話である。
それにしても、警察と闇の世界が等価に扱われているのは、
立場が無化した情報社会を象徴している。
この映画に、なぜと問うのは愚問であろう。
単なるサスペンスではなく、観念が浮遊する社会を描こうとしたジョナス・ベイト監督の意欲作である。

原題は「deceiver」1997年アメリカ映画。


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