タクミシネマ              ジャッキー・ブラウン

ジャッキー ブラウン    クエンティン・タランティーノ監督

 ジャッキー・ブラウン(パム・グリアー)という中年の黒人女性が、アメリカの小さな航空会社でスチワーデスをしている。
一度麻薬で捕まったことがあり、大手航空会社には採用されず、安月給で暮らしていた。
職業を利用して、現金の運び屋を内職にしていたが、ある時誰かに通報されて、警察の手入れにあった。

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劇場パンフレットから

 1万ドル以上の国内持ち込みは、税関申告が必要である。
もし、ここで刑務所に入ることになると、もうどこの航空会社も雇ってくれなくなる。
中年を迎えての失業はつらく、何としても刑務所には行きたくない。
そこで、依頼主を警察に逮捕させて、自分は司法取引で自由の身になるべく画策する。
しかも、依頼主の現金をそっくりと頂くという、ちゃっかりした計画までたてる。

 暫くぶりにタランティーノ監督がとった映画だが、面白くない。
彼は根っからの映画好きで、小さな頃から映画を見てきた。
そして、とうとう自分で映画を作るようになったが、好きがそのまま高じて映画監督になったので、映画の骨格を支えるものが身に備わらなかったようだ。
しかも初回作がヒットしてしまったので、基本的なことを学ぶ機会を逸してしまったようだ。
この映画でも、特別に訴えたい主題はほとんどなく、ジャッキーが警察や依頼主と渡り合うシーンだけが続く。

 この映画を云々するよりも、なぜタランティーノ監督のスタイルでは、駄目なのかを考えたほうがよいだろう。
彼の最初の頃の作品は、時代の風潮とマッチして大いに好評を博した。
確かに、音楽や場面の作り方、暴力の扱いなど、新鮮味があった。
しかし、当時から彼の作品は、映画のセンスが売り物で、骨太な主張や思想がなかった。
そのため映画おたくには好評だったが、本格的な鑑賞眼には耐え得なかった。

 映画は娯楽だから、どんなスタンスで映画が作られようと構わない。
それが面白ければいい。
しかし、面白いと言うことを、単なる思いつきやその場限りのギャグでは、長い期間にわたっては持たせることが出来ない。
研ぎすまされた美意識の上に、きちんとした主題を論理的に積み重ねる作業が不可欠である。

 わが国では、感性と理性は対立するもののように言われるが、決してそうではない。
感性はいわば直感であり、個的な体験から会得されるもので、それを他者と共有するためには、理性に基づく論理に置き換えなければならない。
感覚的な表出は、たまたま時代感覚など共通の体験がある時に限って、理解者を見つけることが出来るだけである。
そのため、共感者の広がりは狭い。

 直感を鍛えることは難しく、優れた直感はいわば天与のものと言える。
しかしその直感は、論理によって自己認識され、内省された後で、外部へと表現されるときには、遙かに理解されやすく、しかもそれが共有財産となる。
直感それ自体を云々するのではなく、直感によって掴み取られたものを、いかに料理してくるか、ここに推敲と共同作業の余地が大きく広がる。

 論理は何度でも確認することができ、鍛えることが出来る。
だから映画を作るに当たっても、主題を煮詰め、脚本を検討し、演技を何度も繰り返すのである。
この作業は十分に説明することが可能で、直感自体は理解不能でも、直感から表現までの過程は理解可能である。
また逆に、論理を扱うことは訓練で可能であるが、訓練されないと論理を操ることは難しい。
最近の映画監督たちは、ドラマツルギーを大学で訓練されており、職業としての映画監督に耐える。
しかし、映画オタクから突然監督になってしまったタランティーノ監督は、論理的な展開がない。
表現を支えるのは思想である。

 「レザボア・ドッグ」や「パルプ・フィクション」だけでも、充分にキャリアになるのだから、彼は自分で監督するより、プロデューサーをやったほうが向いている。

1997年のアメリカ映画


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