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ガンモ     ハーモニー・コリン監督  

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ガンモ [DVD]
 アメリカの映画だが、イギリスの映画のような雰囲気である。
こんなに何の変哲もない映画が作れてしまうのだから、時代の力というのは恐ろしい。
田舎の町に住む二人の子供たちの、身の回りにあるありふれた事柄を題材にしながら、ややメルヘンチックにしかも世紀末的に撮った映画である。

 この映画が、どんな思想的な背景をもつのだか、僕には判らない。
すこぶる取っつきにくいので、何を手がかりにこの映画を論じたらいいか判らない。
しかし、今年の優秀作品として、必ず取り上げねばならない映画でもないことは確かである。
荒涼とした子供の風景。
それだけだ。
しかもその風景たるや、今ではお馴染みになった心的世界の風化である。

 アメリカの映画を見ていると、暴力や家庭の崩壊のされ方は、筆舌に尽くしがたいと感じる。
しかしいくら荒廃しても、どこかにかすかな希望というか、人間への信頼といったものを感じる。
ところがイギリスの映画は、さめたシニカルでニヒルな感覚が漂っている。
それは喜劇を見ても感じるし、状況を肯定的に描いたものであっても、その底には人間不信といった空気を感じる。
こうしたシニカルさは、イギリス人一般にあるような感じがする。

 この映画はアメリカ映画でありながら、イギリス映画のようなシニカルさがある。
ただ子供たちの状況を淡々と描いているだけだが、何か醒めたところを感じさせる。
二人の子供が、自転車に乗りながら近所の猫を捕まえては、肉屋に売って小遣いを稼いでいる。
そのことも驚きだが、それはあるだろうと想像できる。

 気になるのは映画製作者たちが意図している以上に、子供を取り巻く環境のバラバラさである。
こうしたバラバラさを描くのは、先進国の監督たちは誰でもやっていることだが、この映画は状況を投げているように見える。
バラバラさをそのまま画面に見せて、それがどうだとかこうだといった感想を述べない。
映画を撮る視線に情熱を感じないのである。
これが何だか恐ろしい。

 子供が放置される状況は、決して好ましいとは思っていないだろうが、それに対してこのハーモニー・コリン監督はどんな提案をしたいのだろう。
状況を画面に並べる段階はすでに終わったはずで、今はそれに対してどんな提案があるかが問われている。

 ところが彼はそうした提案には、まったく触れようともしない。
確かに多くのアメリカ映画が扱う年齢より、小さい子供を主人公にしているので、問題はより困難ではあろう。
しかし、状況の開示はすでに終わったのであって、監督の主張をほんの一端でも見せて欲しかった。
1997年アメリカ映画。


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