タクミシネマ             ボクサー

 ボクサー     ジム・シェリダン監督  

TAKUMI−アマゾンで購入する
ボクサー【ユニバーサル・セレクション1,500円キャンペーン2009WAVE.1】 [DVD]
 北アイルランドに生まれた人間がいやでも見なければならない現実、それがイギリスとの戦争である。
何度も停戦協定が纏まりそうになりながら、なかなか終戦にならないが、戦争に生きる人たちにもそれなりの日常がある。
そうした日常から、何本もの映画が作られているが、この映画もそうした一本である。

 IRAの工作員だったダニー(ダニエル・デイ=ルイス)は、14年の刑を終えて生まれ故郷のベルファーストに戻ってきた。
ボクサーだった彼は、練習を始める。
しかし停戦協定が纏まりそうで、爆弾闘争が主だった14年前とは事情が変わり、彼は胡散臭く見られる。
彼が監獄にいる間に恋人だったマギー(エメリー・ワトソン)は、他の男と結婚し子供までもうけていた。
マギーの結婚は失敗だったが、マギーの夫は今監獄におり、ダニーへの思いを表すことは出来ない。
それはIRAへの裏切りである。
しかし、ダニーはマギーへ心の内をうち明ける。

 19歳と16歳だったダニーとマギーも、14年の歳月が二人を中年にしていた。
いささか塔の立ったこの二人の恋愛感情と、イギリスとの戦争がこの映画の主題である。
彼はカソリックとプロテスタントの区別なく、ボクシングを教える。
ダニーは武力闘争に見切りをつけており、IRA内にいまだに残るハリー(ジュラード・マクレンソー)等の武闘派からはよく見られてない。
ボクシング・ジムが、プロテスタントの象徴である警察後援会の会長から寄付を受けたりするので、険悪な雰囲気になる。
しかしIRAの方針転換は、武闘派よりもダニーの路線を選択させ、最後には武闘派ハリーの粛清に終わる。

 イギリス側から戦争を仕掛けられたとはいえ、カソリックを信じる北アイルランドは本当に不幸である。
カソリックが工業社会に適応できないから、北アイルランドは貧しいままである。
映画に出てくるシーンも、家といい家具といい、着ているものといい、とても先進国とは思えない。

 走っている車は、ルノーだったりサーブだったり、自国製の車はない。
戦争にお金を回さざるを得ないので貧乏とも言えるが、プロテスタントは資本主義の宗教だから、カソリックを信じる限りイギリスとの戦争に、北アイルランドは勝てない。

 そこにふれた映画は、今まで一つもなく、ただ人類愛に訴えるものばかりである。
この映画もその限界は免れてなく、戦争でひずむ人間性とか、暴力が人間を不感症にするとか、戦争のなかの愛とかは訴えるが、これでは北アイルランド側のプロパガンダ映画にしかすぎない。
こうした事情は、戦争にかり出されるイギリス側の個人個人にもあり、その限りではどっちもどっちである。
戦争での犠牲者はどちらにも出る。
戦争という状況は両者に非人間性を強いる。

 経済力のない国は、決して戦争には勝てないから、北アイルランドとイギリスの戦争は、イギリス優位のうちに終わるだろう。
長引けば長引くほど、北アイルランドに不利である。
イギリスとしても、もはや領土争いの時代ではない。
北アイルランドとの抗争に終止符を打ちたいだろうから、冷戦が終わったので内政に集中して、経済力を上げてくるだろう。

 映画としては、なかなかの出来である。
ジム・シェリダン監督は、画面にたいする美的感覚が優れ、シャープなストーリー展開である。
顔へのライティングに独特の意識をして、心理描写に生かしていたが、時としてそれが不自然に感じたこともあった。
ややこじんまりとした状況設定だが、恋愛と戦争を上手く絡め、最後に武闘派を粛清させる。
現時点での和平は必ずしも北アイルランドに有利かどうかは不明で、武闘派の粛清は最良の選択かどうか判らないが、映画の結末としては平和な世界に生きている者たちには歓迎されるだろう。

 ダニエル・デイ=ルイスのボクシング・シーンと、マギーの父親ジョーをやったブライアン・コックスの演技が良かった。
主題や出演者の多くはイギリス人でありながら、ユニバーサルが出資したアメリカ映画である。
1997年製作。


TAKUMI シネマ>のおすすめ映画
2009年−私の中のあなたフロスト/ニクソン
2008年−ダーク ナイトバンテージ・ポイント
2007年−告発のときそれでもボクはやってない
2006年−家族の誕生V フォー・ヴァンデッタ
2005年−シリアナ
2004年−アイ、 ロボットヴェラ・ドレイクミリオンダラー ベイビィ
2003年−オールド・ボーイ16歳の合衆国
2002年−エデンより彼方にシカゴしあわせな孤独ホワイト オランダーフォーン・ブース
      マイノリティ リポート
2001年−ゴースト ワールド少林サッカー
2000年−アメリカン サイコ鬼が来た!ガールファイトクイルズ
1999年−アメリカン ビューティ暗い日曜日ツインフォールズアイダホファイト クラブ
      マトリックスマルコヴィッチの穴
1998年−イフ オンリーイースト・ウエストザ トゥルーマン ショーハピネス
1997年−オープン ユア アイズグッド ウィル ハンティングクワトロ ディアス
      チェイシング エイミーフェイクヘンリー・フールラリー フリント
1996年−この森で、天使はバスを降りたジャックバードケージもののけ姫
1995年以前−ゲット ショーティシャインセヴントントンの夏休みミュート ウィットネス
      リーヴィング ラスヴェガス

 「タクミ シネマ」のトップに戻る