タクミシネマ              ベント 堕ちた饗宴

ベント    ショーン・マサイアス監督

 第二次世界大戦中のドイツ、ユダヤ人を抑圧したのと同様に、ゲイも抑圧された。
ゲイも人間であるという叫びを、ナチの弾圧を通して映画化したものである。
ゲイの弾圧が知られていなかった1970年頃の脚本らしく、すでにこの主張は古い。
先進国においては、ゲイの人権はすでに実現している。
何を今さら、という感想である。

 ベルリンで享楽的な日々を過ごしていたゲイのカップルであるマックス(クライブ・オーエン)とルディ(ブライアン・ウェバー)が、ナチにとらえられ収容所に送られる。
収容所への列車中で、ルディが虐待されるが、それを見殺しにしないと自分も殺されるから、マックスは手出しができない。
そこでの生き方を教えてくれたのが、もう一人のゲイ、ホルスト(ロテール・ブリュトー)だった。

 彼等は収容所で、一抱えほどの大きさの石を運ぶ仕事を、来る日も来る日もさせられる。
ただこちらから向こうへ運び、またそれを戻すだけ。
単調な仕事で、彼等を発狂させることを狙ってのことだった。

 映画はベルリンでの退廃的なゲイパーティーを少し見せたあと、ほとんど収容所のでシーンだけである。
互いに監視されているから、体に触ることはできないなかで、言葉でゲイとしての愛情表現をする。
いわば純愛であるが、同性を愛することは至高だ、と映画は言う。
画面は工場の半ば壊れた風景や、機械的な場面を美しく見せながら、単調にすすむ。
すでに使われていない古い工場にロケしたらしく、ショーン・マサイアス監督の映像感覚は人工的な退廃をとらえ、画面は美しい。

 男のゲイは一般的に優しいとか、女性的だと言われるが、この映画を見る限りきわめて男性的である。
この脚本を書いたマーティン・シャーマンはゲイだが、台詞が積極的で、畳みかけるように続く言葉は、実に強い響きである。
力強く展開する話は、女性的であるとは、とても言えない。
ショーン・マサイアス監督がゲイかどうか判らないが、もし監督もゲイだとしたら、この映画はナチの美意識に通じるような、強い洋式美をもっているから、ゲイはむしろ強いとさえ言える。

 ナチの制服姿が美しく、それを着た金髪の白人姿と良く調和して、怪しい魅力がある。
いわば倒錯的な美なのだが、これは日本軍にはなかった。
映画のなかでも列車の連結器とか、レールとか、機関車とか、機械の冷たい美しさが何度も挿入される。
こうした洋式美はワイマールに代表されるドイツの近代化が生んだものだろう。
近代の工業が生んだものや秩序が、美として共有されていたことが、ドイツにはあった。
それはナチが独自に生み出したものではなく、ナチは明らかにそれを継承している。

 この映画が主張するほどのゲイ冬の時代という、大時代はすでにない。
ゲイはそうとう解放されている。
カムアウトできなかった時代ならいざ知らず、現代ではむしろゲイであることは周知のことになっており、決して差別されてない。
ゲイとして差別されるよりも、問われるのは個人としての能力のほうだろう。

 ゲイの主張が、同性の結婚を認めろと言うことだとしたら、いまだ同性の結婚はできないから、差別はある。
しかし、個人的な嗜好が制度まで立ち上がってくる、それが問題だとしたら、この映画の設定範囲では語れない。
この映画にもでてきたように隠れゲイとして生き、家庭を作り子供をもったゲイもいたのだから、個人的な嗜好と制度の絡みは単純ではない。
ゲイに対する差別が意識の問題なら、すでに差別はないと言っても過言ではない。
もてる、もてないは個人的な資質の問題であり、もてるゲイやもてない男性がいるだけのことである。
個人的な能力による扱いの違いを、差別とは言わないだろう。

 民族や人種・性別など、生まれによる差別は、解消の論理ができた。
生まれによる差別が情報社会にあると、社会的な生産効率を下げる。
だから情報社会では、生まれによる差別はなくさざるを得ない。
異なった信条をもった人間の、生存権の確保が必要だが、情報社会化した先進国では、それもでき始めている。

 農耕社会や工業社会では、差別することが社会的な生産に都合が良かった。
肉体労働が支配的な社会では、外見的な違いにより人間に優劣をつけて、社会を構成したほうが支配は上手く成立する。
分裂支配は肉体労働の社会には不可欠だった。
今後の差別が問題となるのは、むしろ途上国での話だろう。
1997年イギリス・日本映画。


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