タクミシネマ                  タッチ

タッチ    ポール・シュレーダー監督  

 触っただけで病気をなおせる若い男性ジュヴナル(スキート・ウーリッチ)の、奇跡の行動に恋愛を絡めた話である。
時代の転換という不安定な時期に、出るべくして出てきた話だが、やっぱりというかとうとうというか、人智を越えたものにすがりたい危険な時代の臭いがする。

 聖名ジュヴナル、世俗名チャ−リー・ローソンという青年が、アマゾンの奥地で7年間にわたって修行し、自分は奇跡を行えることに気づいた。
若い下位の修道僧が奇跡を行うと、教壇の位階秩序が崩れるから、教会側はそれを秘密にしておきたい。
しかし、アル中のリハビリセンターでの活動から、ジュヴナルの存在を知り、何人かが動き出す。
それぞれに思惑があり、金、色恋、名誉と動機は様々だが、数人がジュヴナルに接近していく。

 筋はだいたい想像のうちで、ジュヴナルの超能力を使って、自分たちの目的を遂げようとする動きに、彼が巻き込まれる。
最後には、恋が彼をとらえるという展開である。
恋人役のリンを演じるのはブリジット・フォンダで、すでに相当年齢のいったカップルである。
金や名誉は否定されても、色は肯定される。
恋は色とは捕らえられないところが、今風である。
食欲とともに、性欲は人間の本質だが、名誉欲や権力欲、金銭欲などとは違って、美しいものと見られている。

 情報社会へと入ろうとしている今、既存の価値観が崩壊し、役に立たなくなり始めている。
寄るべき価値基準が崩れだすと、人は不安になり、何かすがるものを求めて動き出す。
それが古いものの見直しだったり、オカルトチックなものだったりする。
自然を大切にとか、家族の見直しとか、先人の知恵とか、これらは時代の先が見えなくなったときに発生する。
上昇期にあるときは、過去は否定するものでこそあれ、見なすものではない。

 奇跡をまとった宗教も同じで、寄るべきものが揺らいでいるように感じられる時代に、その勢力を伸張する。
すでにアメリカは、その進むべき方向が見え始めているから、こうした映画は生まれないと思っていたが、やはりぶれているんだと思い直した。
まだまだ離陸はしていない。

 体の悪いところが直る、これはいつの時代にも人間が欲している奇跡である。
イエスがそれを行ったという伝説は、キリスト教には根強い。
宗教は一般に初期においては、現世利益に対応するから、身体を治すことは受け入れられるための方策の一つである。
新興宗教の多くは、現世利益を売り物に伸びてきた。
初期のキリスト教もそうだった。

 ジュヴナルに、神は信じるが教会は信じないと言わせたり、神を試したから奇跡の能力がなくなったとか、その主張は陳腐である。
しかし、奇跡を主題にした映画が生まれることは、時代状況を良く反映しており、危険な兆候であることは間違いない。
人智を越えたものに頼るのは、人間であることを放棄することで、人間たれという神の意向に逆らった行動である。

 映画としてはまった面白みはないが、ジュヴナルを演じたスキート・ウーリッチが、いい雰囲気だった。
スター性があるかどうか判らないが、楽しみな俳優である。
1996年アメリカ映画。


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