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 スーパーの女     伊丹十三監督 

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伊丹十三DVDコレクション スーパーの女
 伊丹十三監督は、同時代の社会的な関心事をタイムリーに映画化する。
日本の監督としては、珍しい存在である。
彼は映画が娯楽、つまりエンターテインメイトであることを、よく知っていることの証だろう。
その彼が、幼友達が経営するつぶれそうなスーパー正直屋を、テコ入れする女を主人公にして映画をとった。

 たぶん価格破壊という流れのなかで、安売りの走りだったスーパーを見直したかったのだろう。
しかし今回は残念ながら、すでに彼は時代に追い越されている。
説教臭いところがあって、年をとったことが感じられる。

 新鮮なものを、正直に顧客に提供すれば、店舗が繁栄する時代ではない。
チェーン展開する安売り大魔王は、悪徳商法で売上を伸ばす前提だが、現代ではそんな悪徳商法は長続きしない。
顧客は目がこえており、安売りチェーン店と言えども、誠心誠意、正直に商売をしている。
むしろ、安売り店のほうが、はるかに厳しい経営努力をしている。
だから、顧客から支持されるのであって、安売り店が悪徳商店だと決めつけることは無理である。

 それに対して、正直屋は内部で賄賂をとったり、経営者・従業員ともに不熱心で、つぶれるべくしてつぶれる運命をたどっている。
宮本信子演じるスーパーの女が頑張っても、建て直すのは無理である。
つまり、すでに仕入、加工、商品の構成からすべてが違う。
1日100万円の売上しかないスーパーが、あんなに大勢の社員(パートを含めて)を抱えられるはずがない。

 それに、たしかに板場の人間は、職人で物わかりが悪いように見えるかも知れないが、むしろ彼らは収支には非常に敏感である。
売れないものが、いつまでも棚に並ぶのを許容するはずがない。
通俗的な職人気質の強調は虚しかった。

 現実の職人ではなく、職人気質と言ったイメージによりかかる現実離れは、映画だから許されることではない。
これを許すと、映画を支えるリアリティーが崩壊してしまう。
それに、会社経営は小学校のホームルームではない。

 パートの人たちが、経営に意見をだすのはいいとしても、多数決で経営が進みはしない。
決断とは、誰かが責任を引き受ける前提でなされる。
誰も責任が発生しない多数決なんかで、経営上の決断がなされていいはずがない。
もっともっと、現実に即した物語の前提を作らないと、話し全体が崩れてしまう。

 勧善懲悪の映画と言うのはある。
それは悪と正義が戦い、最後には正義が勝つというストーリーである。
この映画は悪徳商人対正直商人という、一見すると勧善懲悪を前提にしていながら、顧客は簡単に騙される前提である。
これは勧善懲悪からは、ほど遠い観念である。
勧善懲悪とは、悪を正義が倒すという、大衆性善説に立っているのである。
判断力のない愚かな大衆の心をどう掴むかが問題ではない。
愚かな大衆を教化する伊丹さんの時代は、終わったことがはっきりと感じられた。

 映画としては、軽さをだそうとしたのであろうが、宮本信子の演技が妙にはねて落ちつきがなく、不自然である。
津川雅彦と宮本信子は、小学校の同級生ということになっているが、60才に近い大人が、公衆の面前でいきなり踊りだしたり、あんな言葉使いをするだろうか。
監督が、コミックタッチにしたい気持ちはわかる。
しかし、ただおどけるだけと言うのは、コミックとは違うだろう。

 宮本信子は奥さんだから、彼女のミスキャストはしかたないとしても、他のキャスティングがよかった。
とくに調理場の職人たちが適役であった。
二人の親方をはじめ、肉や魚の二番もよかった。
野菜売り場の男もはまっていた。

 伊藤四郎は相変わらずうまいし、店長もなかなかだった。
パートさんたちもよかったが、主婦たちがいけなかった。
そして、野菜売り場の二番に、ドモリの男を配したのは、大変な英断である。
世の中には、障害者が生活しているのに、多くの映画ではそうしたシーンはまったく見せない。
けれども伊丹監督は、端役ながらドモリの人間をおいた。
これは、慧眼に価する。

 長い時代にわたって、一人の人間が常に時代の先頭を歩くことは、非常に難しい。
伊丹十三監督は好きな監督だったが、悲しいかな時代に越された。
それと、大衆に対する見方が古い。
大衆とは愚かな者だと言う認識はあるが、それを教化できると考えるのは、前近代的なスタンスである。
「たんぽぽ」のように、個人経営のラーメン屋と、大衆を相手にするスーパーは、まったく次元が違う。
それが、この映画の根本的な欠陥になっているので、なんとも奇妙な映画だった。
しかし、彼には固定的な観客がいるのだろう、客の入りはよかった。
1996年日本映画。


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