タクミシネマ                  おかえり

おかえり       篠崎誠監督

 篠崎誠監督によって作られた「おかえり」は、1996年に公開されたが、わが国ではごく一部で話題になっただけだった。
しかし、ヨーロッパで好評だったので、いわばリバイバルと言った形で、再上映された。
そうはいっても、中野の武蔵野ホールと言う小さな映画館で、しかもレイトショーである。

 精神分裂病の発症した奥さん(上村美穂)を、優しく対応する旦那(寺島進)という、難しい主題をきわめて観念的に展開した映画である。
精神に関する障害は今後の最大のテーマだから、篠崎監督の着眼点は鋭い。
この映画の結論も、発症してからではなく、それまでの二人の人間関係が、大切なのだと言っているのも肯首できる。
まったくその通りである。

 交通事故で脚がなくなっても、その人に替わりはなく、誰でも一家の一員として、対応し続ける。
しかし、精神がやられると、なんだか別の人になったようで、もはや一家の一員ではないかのように感じるかも知れない。
配偶者が不治の精神病になったときは、離婚も認められているように、精神の病と肉体の病には別の対応が成立してしまいがちである。
篠崎監督は、そうは言ってない。けだし当然である。

 この映画は、分裂病の発症という、途中から精神病になるケースを取り上げて、しかも、夫婦二人だけの家庭という設定である。
もはや大家族などないから、夫婦二人の片方が精神病にやられないという保証はなく、きわめて現代的な設定である。
主題を重視する僕の立場から言えば、この映画には高得点をつけたいところである。
しかし、残念ながら及第点はつかない。

 主題としては納得するも、発症後の展開は二人だけで背負えるはずはない。
同じように障害を持った人たちと、その関係者を登場させて欲しかった。
健常者と障害者という個人的な関係で捕らえると、もはや救いようがない。
完全な健康状態は存在せず、誰でも何かしら異常な部分を持っている。また完璧な健康状態が良いかというと、そうとも限らない。
一つくらいの異常を持ったほうが、人間的な深みが出たりする。
それは人間が社会的な生き物だからである。

 何が正常か異常かは、歴史が決めることである。
健常者と言えども、ある面では精神異常者なのだから、何人もの人を登場させることによって、障害を相対化してみたい。
二人の関係だけを、突き詰めることでは、出口はないように思う。
二人の関係に限定することが、二人の愛情の表現として、純粋なものだと考えているとしたら、おおいに問題がある。
四畳半的な私小説の世界と同じで、社会性を欠いた関係は独善にすぎない。

 社会から隔絶した人間は存在せず、その関係も隔絶してはあり得ない。
とすれば、より広い社会的な広がりのなかで、障害を考えるべきだと思う。
この映画の主張は、出発点としては肯定できるが、この延長線上では「愛と死を見つめて」の個人的な路線に行きそうである。
社会性に背を向けては、問題は解決しない。
同様の問題を扱っているオーストラリアの映画の多くが、人間関係を社会へと広げようとしている姿勢と対比してしまう。

 主題を別とすれば、超低予算のせいでもあるだろうが、映画としては芳しい出来ではない。
無意味と思われる長いカット、無言の場面の多さ、職場に比べて家庭の中のリアリティーのなさ、音楽を使わないこと、露出取りの未熟=色の悪さ等が目立った。
また、具体的な画面と観念的な場面の繋がりが悪く、精神状況を象徴させる場面が、全体の流れになじんでない。
観念がそのまま繰り広げられているので、独りよがりな映画になってしまった。
映画は、最後のところ娯楽なのだから、表現と言っても良いが、伝える努力をするべきだろう。

 主題が主題だけに、もう少し推敲して主題を発酵させてから映画化したほうが、説得力がずっと高まったとおもう。
観念をそのまま画面に展開して、観客の見る姿勢に期待するのではなく、観念を展開しても観客を引きずり込むべきである。
それが、エンターテインメントである映画の原点だろう。
これは習作と言うことにして、同じ主題でもう一本まったく違う角度で撮るべきである。
おそらく若い監督だと思うので、今後の展開に期待する。
1996年日本映画。


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