タクミシネマ                   私の男

私の男     ベルトラン・ブリエ監督

 男に尽くすことが大好きで、しかもセックス大好きという女性マリー(アヌーク・グランベール)が、望みどおりに娼婦を職業としている。
若くて美人の女性が、どんな男にも嫌がらずに性のサービスをするのだから、常連客はたくさんいた。
しかし、ある時ふとしたことから、ホームレス=乞食のジャノ(ジェラール・ランヴァン)を拾って、自分のヒモになってくれと頼む。

 この冒頭部分のつながりがない。
というのは、セックスが大好きで、娼婦が天職だった彼女は毎日が充実して孤独を感じないはずである。
気まぐれに乞食を拾うのはいい。
それには理由はいらない。
しかし彼女には、恒常的なヒモを欲しがる理由はないはずである。
リーヴィング・ラスヴェガス」のフランス版だが、彼女が乞食と結びつく必然性がないために、コミック映画とはいえ、これ以降の展開が無理の連続になる。

 マリーはジャノと幸せな生活を送っている。
ジャノは手持ち無沙汰な毎日から、もう一人の女性を見つけ、彼女を娼婦に仕立てる。
そして、彼女のヒモにもおさまろうとするが、彼女は強制売春の囮捜査に引っかかる。
そこでジャノの名前がでて、彼は逮捕され有罪。
そのまま刑務所へ入る。これに激怒したマリーは、結婚して子供を作ると宣言。
適当な男を見つけてそれを実行する。

 マリーの結婚生活は無事に進行していたが、亭主が失業し、電気も止められる。
仕方なしに、彼女は昔の仕事にでるが、今や世の中は変わっており、誰も彼女を買ってはくれない。
そこへ、ジャノが娼婦に仕立てたもう一人の女性が妊娠して登場。
彼女が家に帰ってみると、出所してきたジャノがいる。

 女性が台頭した中での、現代人の孤独という実に現代的な主題なのだが、まったく下手な映画である。
観念的な映画というのはたくさんあるし、その存在意義はあるのだが、観念が論理的に一貫し、うまく画面に展開されて観客は納得する。
観念の断片を並べられても、戸惑うばかりである。

 孤独になった女性が、男を飼育する。
男を所有する。こうした話は今後の大きな主題である。
経済力のある女性は、男性を買うことができる。
しかし、女性が性交の主導権を握って、男を支配するのは、性交の形態がそれを許さないように思う。

 女性は、性交の快感がある時間に渡って継続し、そのあいだは忘我になってしまう。
それに対して、男性の快感は短いので、性交のあいだでも意識がはっきりしている。
そのため、性交の主導権が男性に握られやすい。
性交を餌に男性を操るのは可能だろうが、女性が性的な快感の追及をしたとき、自我を失ってしまうとしたら、男性を支配することは難しい。

 マリーが再び街に立つとき、娼婦が許容されない社会であるという設定にも、疑問がある。
古き良き社会では核家族が支配的だから、娼婦は社会的な悪であるが、女性が孤独になり得る情報社会では、売春はもはや悪ではない。
一方向にだけ歩く人の群れの中で、娼婦が孤立するシーンは馴染んでない。
人がせわしなく一方向に歩く姿は、工業社会の表現であり、情報社会のものではないからである。

 刑務所から出所したジャノを、マリーに似た女性が待ち受ける。
ここは良かった。
マリーではないことを知ったジャノが、もう一度刑務所に戻りたいのも、男女の転倒をうまく表現していた。
最後にジャノが、マリーともう一人の女性を前にして、「ごめん」と謝るのは男性社会の終焉を表現しているのだろうが、唐突で説得力がない。

 ベルトラン・ブリエ監督は、新たな時代を予感しているが、それがどんな社会だか良く判ってないから、全体にちくはぐである。
ところで余計なことだが、乞食を暖房の前に置いたら、すさまじい臭いでセックスどころではないと思うのだが…。
観念の未消化、長すぎるカットと、フランス人は、映画の作り方を忘れてしまったのか。映画作りが下手になった。
1996年フランス映画。


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