タクミシネマ                  ラブ・ジョーンズ

ラヴ ジョーンズ      セオドア・ウィッチャー監督

 若いアメリカの黒人監督セオドア・ウィッチャーが、自分の廻りにいるふつうの黒人の若者たちを描いた映画である。
黒人映画というと、決まって麻薬と犯罪が描かれるが、この映画に、それはまったく登場しない。
今やこれが多くの黒人たちの現実であろうと思う。

 犯罪や麻薬を描くのは、白人の目から見た黒人世界だろう。
犯罪者ばかりだったら、黒人は誰も生活できないではないか。
スパイク・リー監督とは反対の立場だが、黒人監督ならではの視点であり、それを映画化させたパトロンたちの器量を評価したい。

 ダリウス(ラレンツ・テイト)は、詩の朗読をするナイトクラブで、ニーナ(ニア・ロング)と出会う。
二人はまだ若いさかりで、心が揺れている年頃である。
なかなか安定した友人恋人関係が作れない。
以前なら、恋に落ちた男女は、ステディへと一直線に進んだものだが、今や男女共に自我の確立が難しくなり、異性がなかなか恋人にならない。
肉体関係ができても、友人以上恋人手前である。
その現代的な背景もよく判るので、なかなか進まない二人の関係には、イライラしながらも同感せざるを得ない。

 
劇場パンフレットから

 男性が女性に声をかける構造までは崩れておらず、女性は男性を待っているが、自立しつつある女性は、おとなしいだけの昔の女性とは違う。
かっての女性なら、男性と自我の張り合いはしないし、職業の選択にも消極的だった。

 ニーナはカメラ・ウーマンだし、この映画の舞台はシカゴだが、職業を求めてニューヨークへと行く。
ダリウスは小説志望の男性だが、ご多分に漏れずになかなか売れない。
この二人が恋をするのだから、本当に大変な世の中になったものだ。

 この映画はきわめて古典的な作りで、二人の心理描写を中心にして淡々と進むだけである。
サンダンス出品作だから、もちろん低額予算の映画である。
ダリウスとニーナの友人たちの廻りをカメラが回るだけである。
地味ながら、現代の若者の心模様が良く描けている。

 この映画にサンダンスの観客たちは賞を与えたと聞いて、サンダンスの評価は本物だと感激しばしである。
このような地味な映画でも、きちんと時代と向かい合って真面目に作られていれば、評価されるのは何としても嬉しい。
今や日本ではこんなにくそまじめな映画は、むしろダサイと言われて見向きもされないだろう。
それほどに地味な映画である。

 しかし、問題はある。
黒人監督で黒人ヒーローヒロイン、出演者もすべて黒人。
これが現実のアメリカ中流黒人の社会かも知れないが、黒人と白人の隔離がこれほど進んでいるのだろうか。
映画の中では、白人男性と黒人女性のカップルが一組だけちょっと出てきたけど、とにかくすべて黒人というのは異常である。

 女性の社会進出が当然となった現在、黒人が黒人だけの世界を作ったら、女性の社会進出はどうなるのか。
すべての人間は、その生理的な属性によらず、社会的な関係において等価であるという主張は、どこへ行ってしまうのだろう。
やはり黒人や白人、黄色人種などがいてこそ、健全な社会だと思う。

 そうした意味では、この監督は現実へのメッセージを投げかける努力を、放棄しているように見える。
映画は現実の描写であると同時に、表現でもあるのだから、現実への何らかのメッセージを持たないと、観客に訴えるものが弱い。

 28歳という若さだが、もっと破天荒に自分の主張を打ち出さないと、今後の創作活動の展開に疑問が残る。
もっともこうしたタイプの監督がいても良いのかも知れない。
これからも彼は地味な映画をそっと作り続けるだろうが、それにしては映画作りのためのお金を集められるだろうか。

 良心的な主題と作りの映画が、きちんと評価されるサンダンスを半ばうらやましく見ながら、良い映画であることは認めながら、いまいちの力を期待したい映画だった。

1996年のアメリカ映画


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