タクミシネマ                    恐怖分子

恐怖分子     エドワード・ヤン監督

 台湾の映画なので、恐怖分子という言葉が日本語と同じニュワンスを、持っているかどうか不安である。
というのは、恐怖分子という日本語は、政治運動を連想させる。
はたして台湾の中国語の恐怖分子には、政治的な意味あいが含まれているのだろうか。
映画だけからでは、ちょっと判断がつかなかった。

 反体制運動家か、単なるチンピラか、たぶん前者だろう。
アジトから道路に向けてピストルが発射される。
路上で人が死んでいる。
その関係は説明されないが、通報者があり、警察が来て摘発が始まる。
アジトから美人の女性が、たった一人脱出に成功する。
これがスタイル抜群のすごい美人なのだが、西洋人とのハーフだそうな。
この初めの部分と、物語全体がつながってない。

 この映画の主題は、似合わない男女が結婚し、やがてそのズレが破綻に結びつくというものである。
男性は日常に埋没し、仕事と出世を考えているが、それほど優秀ではない平凡人である。
それに対して女性は、小説家を志望し、すでに著作も一冊ある。
男性は自分には不釣り合いな女性と結婚できたことに感謝している。
女性の才能を認め、彼女のわがままをすべて叶えてやろうとする。
女性が行き詰まって、小説が書けないときには励ますが、いかんせん表現の世界には無縁な男性なので、女性はすれ違いを感じる。

 そこへ、反体制運動家の愛人だった女性と、カメラマン志望の金持ち家の息子がからんでくる。
なぜ彼らがからんでくるのか、その辺の必然性がよく判らないのだが、とにかく妻である小説家志望の女性は別居。
刺激のない結婚生活と、電話で始まった人間のからみを書いた小説が、文学賞を受賞する。
そして女性は夫を捨てて、昔の恋人とヨリが戻り同棲する。

 男性は奥さんには捨てられるし、一度は約束された課長への昇進が、結局はパーになる。
さんざんである。
友人の刑事のところへいって酒をのみ、刑事の拳銃を無断借用して共同浴場で自殺する。
その際、自分を課長にしなかった上司と、奥さんをとった元恋人を拳銃で撃てたらという願望が映像化される。

 恐怖分子と言うのは、出世もできず、奥さんにも逃げられて、自殺した男のことだろうと思う。
能力のない奴が大きな夢を見て、それに敗れたとき、何をするか判らない恐怖という映画だったのだろうか。
恐怖分子というからには、むしろ反体制運動家たちの、秩序なき粛正の話かと思っていたので、ちょっと戸惑った。

 香港映画は、実にリズミ感よく、軽快なテンポで展開するのが多い。
同じ言葉を話す人たちだから、台湾映画にも香港映画のような展開を期待していたが、のろい展開で日本の映画のようだ。
しかも、小説家志望の女性が、日本の小説に刺激をうけたと言っているシーンがあり、日本の影響が台湾でも大きい様子がうかがえた。

 この映画の主張は残酷で、ダメな奴は最後までダメだと言ってる。
せっかく、刑事の拳銃を入手しながら、復讐を夢見るだけで実行できない哀れな奴である。
このあたりは、日本の映画との違いを感じさせる。
日本の映画だと、ダメな奴が最後には復讐して、怨念をはらす顛末になることが多い。
日本では、忠臣蔵のパターンが好まれる。
しかし本当の話しは残念ながら、この映画が言っているほうが正解だろう。
負け犬が、牙をむくことは非常に少ない。

 日本の物語は、事実よりも、そうであって欲しい観客の願望を、話しとして見せることに力点がおかれている。
弱い者=庶民が主人公になり、庶民の正義感が爆発する、といった形が受け入れられやすい。
スーパーマン的な主人公が金を儲け立身出世する話しより、虐げられた弱者が立ち上がる話しのほうが好まれるようだ。
たぶん映画を、自分の体験とは離れた娯楽としてみることをせず、主人公に感情移入して自分の世界に引き付けて、見ているからではないだろうか。
その典型は、やくざ映画であろう。

 やくざ映画は、権力と対立することはなく、内部紛争に終始する。
悪い主流派に、良いやくざ(?)が反旗を翻す展開が多い。
また、一代で金持ちになった人を、何かうさんくさい目でみるのも、貧乏な庶民の実感かも知れないが、日本の風土に何か原因があるのだろう。
そうした風土の中では、弱い人間はなぜ弱いのか、冷静に見る眼は育ちにくい。
それよりも、弱い人間も強いところがあって欲しいという願望が、滑り込みやすいのかも知れない。
1990年台湾映画。


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