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三巻の未現像フィルムは、主人公の来歴もしくは自分自身を象徴している。 それを捜す過程が、現代史と重ね合わされて、ギリシャの内戦、共産主義の崩壊、ボスニアの内戦などのエピソードを交えて、物語はすすむ。 戦争や内乱を俯瞰的にとらえることはせず、あくまで主人公の眼に写ったままに描かれる。 とても私小説的な映画である。 農耕社会の人間と工業社会の人間に優劣がないように、農耕社会と工業社会とのあいだに優劣をつけることはできない。 古い文明をもった地域が、新たな強い文明に侵食され、新たな文明が我が物顔に振る舞うとき、それまでの自分たちはいったい何だったのかと、古い文化に住む人たちは自分が判らなくなる。 強力な外来文明の氾濫という現実のなかで、新たな文明にも馴染めず、しかも土着の文化からも遊離した知識人の悩みは深い。 最初は、映画監督という表現者が、良心の自由を求めて反共的な主張をするのかと見えた。 監督アンゲロプロスは、やはり農耕社会の人間である。 決して切れることのない、家族とか血縁といった関係に、人間の精神の癒しを求めることは、近々できなくなって行く。 家族の温かい人間関係が、なくなってしまうというのではない。 農耕社会の人間は、家族を大切に思う価値観は、どんなものにも抵触しないと考えている。 家族が殺されるかたちで、サラエボで映画が終わるのは、象徴的であった。 知識人は思考し続けるがゆえに知識人であり、宗教にはけっして走れない。 原作の小説を読んでいなければ、理解できない映画はありえないから、映画だけで観るに耐えなければならない。 | |||||
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