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 ヒート      マイケル・マン監督

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 ロバート・デ・ニーロとアル・パッチーノの顔合わせが、売りもののアクション映画である。
通常のアクション映画と違うのは、悪人側にも普通の人格があり、それを追う刑事側の家庭は崩壊寸前という設定である。
アクション映画としては珍しい。

 悪人側のロバート・デ・ニーロは女性と簡単にできてしまい、その女性がいなければ高飛びする意味がないというほど惚れ込む。
それには、描写が足りない感じであるが、それを除けば納得できる設定である。

 しかし、アル・パッチーノのほうには問題が多い。
彼が仕事に熱中するあまり、すでに二度の離婚を経験し、今の奥さんとも離婚寸前という設定は、それならそれを話の展開にもっと組み込むべきである。
彼の仕事について奥さんが質問し、彼は家庭と仕事は分けると答える。
奥さんはそれが不満で、彼と人生を共有できないから、またまた離婚になりそうになる。

 現在の奥さんも離婚経験者で、おそらく前の夫(建築家)から高額の慰謝料を入手したのだろうが、優雅な生活の専業主婦という設定は首をかしげる。
もし、専業主婦だから離婚したとしたら、仕事に生きる男がそんな女に惚れ込むだろうか。

 仕事に生きる男なら、仕事の緊張感を知らない専業主婦は、やがて足手まといになるのは判りきっている。
孤独な悪役が、間違って女に惚れたロバート・デ・ニーロの人物設定は納得できなくはない。
しかし、市井の人であるアル・パッチーノのほうには、彼と奥さんの生活がもっと複雑にからんだ日常となるはずで、そこを切り離してしまっては不自然である。

 大人になりきれない大人たちが、自分の生きがいを求めて、離婚を繰り返すと、子供が犠牲になるという主題が隠れている。
それはアクションを越えて、むしろこの映画の一番の主題になってしまいそうである。
家族の崩壊とアクション映画の組み合わせは、以前なら考えられなかった。

 子供が自殺を計って初めて、母親が子供への愛情に目覚めるというのは、不可解である。
母親自身が自立していない、つまり想像力が訓練されてないから、子供が自殺を計っても、子供の状況を理解する契機とはならないはずである。
それにしても、暴力の支配する社会では、女性や子供の何と無力なことか。
奥さんにしろ恋人にしろ、ただ待つだけである。

 悪役の人物設定は、常識を無視してもいいが、正義派のほうは、常識に添わなければならない。
だから、どうしても正義派のほうが、魅力的な人物設定は難しい。
この映画でも、ロバート・デ・ニーロの孤独なクールさが光っていた。
ここでは、彼の堅くて重い演技が、うまくはまっていた。
それに対して、正義派のアル・パッチーノはただ怒鳴るだけの演技で、奥行きがなく魅力に欠けていた。

 話は、ロバート・デ・ニーロを親分とする四人組の強盗団が、身元不明の新人を雇ったことが、最後にケチがつくという見えた展開である。
それ以外にも、筋の展開が見えてしまうことが多く、もう少し観客の想像を越えた展開であって欲しかった。

 高飛びの体勢に入っていたのに、裏切り者を知ってわざわざ戻って、ロバート・デ・ニーロが殺される最後は月並みに過ぎる。
せっかく、LAの警察を出し抜いて、アル・パッチーノなど刑事たちの顔を知るという、素晴らしい展開を設定しながら結末がお粗末である。

 わが国のアクション映画は、犯罪者が警察に絶対的にかなわないという前提でできている。
にたいして、アメリカの映画は、警察との知恵比べという色彩が強い。
日本のやくざ映画が、刑務所から出所してきて、内部抗争のすえまた逮捕されて、刑務所へ戻るというのと対象的である。

 わが国では、アメリカのようなアクション映画が成り立つ基盤がない。
網の目のように張り巡らされた交番組織、強力な中央集権的な警察組織、管理されることに慣れた国民性。
高飛びするにも、言葉ができないから外国で生活できない悪人たちをみるとき、派手なアクション映画は成り立たない。
わが国が世界的に正義の中心にならない代わりに、悪の中心にもなりにくいことが判る。
何よりも国家を越えて、絶対的な悪が成立しにくいのだ。

 アクションのなかに人物描写を入れるのは難しい。
というのは、人物描写のリズムと、アクションのリズムは違う。
だから、アクションのリズムになれた目には、人物描写のリズムがまどろっこしく感じられてしまう。
それに、この映画が2時間半を越えていることも、だれを感じさせる。
2時間を越える映画は、山を前後二つ作るとか、よほど話をうまく展開しないともたない。
あと30分ほど切り詰めると、いい映画になっただろう。

 強盗団の四人のうち、三人までは死んだのが画面で確認できたが、ナンバー2のハリスはどこへいってしまったのだろう。
1996年アメリカ映画。


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