タクミシネマ                  グース

 グース     キャロル・バラード監督

 自然が生のままで残るカナダはオンタリオ州の田舎でも、土地の開発が進んでいる。
生活が苦しくなった農家の人が宅造して、自分の土地を売る。
そのために宅造工事が始まった。

 その工事で、卵を温めていた野鴨が死んでしまい、16ヶの卵が残される。
それを見つけた女の子エミリーが、父親には内緒で孵化させる。
映画の中ではグースとはいわずギースといわれるが、グースはギースの複数形だそうな。
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劇場パンフレットから

 エミリーは両親が離婚し、母親とニュージーランドに住んでいたが、交通事故で母親が他界した。
そこで、彼女はカナダの父親に引き取られるが、彫刻家である父親にはなかなか心を開かなかった。
そのうえ、父親の新たな恋人スーザンには、まったく心を閉じたままだった。

 そんな時に、野鴨の卵を孵化させたのである。
エミリーは野鴨を飼う許可をもらい、必死でその世話をする。
野鴨たちは、生まれてまず初めにエミリーを見たので、彼女が母親として刷り込まれる。
そして彼女を、母親と勘違いして追いかけ回す。
そのシーンが、なんともいえずユーモラスで楽しげである。

 家の中で野鴨の雛を飼われた父親は閉口するが、野鴨の飼育を仲立ちとして、二人は心を通わせ始める。
見習うべき親鳥のいない野鴨たちは、渡りの道案内をしてくれる親鳥がいないので、冬がきても渡りという野生の習性を身につけることが出来ない。
冬がきても家で飼うといっていたエミリーも、それが不自然なことに気づく。

 ウルトラ ライト プレーンが趣味だった父親が、エミリーの操縦する飛行機なら野鴨は従うに違いないと考える。
まわりの大反対を押し切って、エミリーに操縦を教える。
そして、父親が彼女を先導し、彼女が野鴨を先導して、アメリカの南西部まで四日かけて渡りを敢行する。
その顛末が、この映画である。

 母親が他界した後の、父親と娘の家族愛につての論評はここでは控えるが、映画のもとになった実話では、両親は離婚もしておらず、健在だということは考えておいていい。
この映画は、筋としては本当に単純であるが、生命に対する真摯さに限らず、奥が深いいくつかの意味を持っている。

 自然保護と開発の対立が語られるが、ここでは農民側から開発が起きていること。
我が国では、開発は金儲けの亡者がするもので、農民はむしろ被害者として描かれることが多い。
自然な善意あふれる農民対悪徳企業(=人工的な都市生活者)として、対比されやすい。

 しかしここでは、自然との共存と開発が通俗的な正義感を除いて、環境保護の理念と農民の経済活動というかたちで提示される。
農業も経済活動の一つである。農民が自然を破壊する。
農耕社会なら、人間も自然の一員だったから、普通に生活していれば自然と共存できた。

 今や人間生活は、農業といえども自然と共存しない。
自然を相手の農民が自然を開発したいといって、高等遊民の芸術家から非難される。
実は我が国でも、農地改良という名目で自然が破壊されているのだが、どうしたわけか農民を自然破壊の張本人だとは言わない。
農民の生活を守らない役人たちが悪者にされている。

 自然保護にあたる役人がいて、父親は彼に相談に行く。
彼は野鴨は強靭な生き物で、そのままにしておくと人間に被害を及ぼすので、飛べないように羽の先を切るのが良いという。
自然保護といいながら、人間の都合に合わせるやり方が、エミリーから手ひどく拒絶される。
人間が自然を保護するという発想は、倒錯した思い上がりかも知れない。

 たった16羽の野鴨に、季節の渡りをさせるために、大人四人とエミリーがかかりきりになる。
金と時間、そしてなによりも情熱をかけなければ、親のいない野鴨に自然を教えることは出来ない。
いまや自然保護は、農民という生活者からではなく、彫刻家である高等遊民という庶民ではない者から主張される。
それは大変に金のかかるものになった。
しかも、自然を相手にするのには、正確な科学の知識が必要である。

 渡りの途中で空軍基地に不時着しようとするが、基地は未確認飛行物体の飛来で大騒ぎとなる。
判ってみれば、あまりの心温まる話しに、指令官はじめ大喜びである。
出発には基地をあげて送迎。
渡りの道中を、テレビは報道するは、開発か保護かでもめるは、社会の注目を集めながら展開する。

 実話を基にしているというが、映画としても良くできている。
やや鈍い展開が、次はどうなるのだという期待感を抱かせ、待ち遠しい感じすらさせる。
野鴨がエミリーの飛行機を先頭にして、竿になって飛ぶシーンを作るのは、非常に根気のいる作業だったろう。
動物を相手の映画は、映画の主張するような自然保護とは反対のことを、残酷なまでに野鴨に強いたはずである。
それでも、16羽の渡りを助けるためだけに、様々なエピソードを交えて、楽しくみせてくれた。
実際の話でも、翌年になって、野鴨たちは16羽が、そろってエミリーの家に帰ってきたという。

 一銭の儲けにもならず、何の役にもたたないことのために、ただ自分たちの信じることのために、すべての常識を越えて、情熱を傾ける姿勢には心が熱くなる。
こうした態度が、アメリカやカナダを含めた新大陸の、発展の根底を支えているのだろう。
確立された個人の行動が素晴らしく、本当に心温まる映画である。
原題は「Fly away home」である。

1996年のカナダ映画


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