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フロム ダスク ティル ドーン
  ロバート・ロドリゲス監督  

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フロム・ダスク・ティル・ドーン [DVD]
 刑務所に収監されていた兄を、弟が脱獄させ、メキシコまで逃亡する映画かと思っていたら、なんと吸血鬼の映画だった。

 前半は、まさに逃亡の映画である。
田舎のコンビニに立ち寄った脱獄兄弟が、偶然に警官が来ることを察知して、 女性二人を人質に店員に警官と対応させる。
店員は何気ないふうを装って、警官と対応するが、警官がトイレに行ったことから、約束が違うとおこりだし、警官も店員も殺してしまう。

 ところがその間、人質の若い女性二人は、どこかへと消えてしまう。
その後、兄弟は逃亡を続けようとするが、逃げた二人の人質の処理がされないまま話しはすすむ。
これではたちまち警察に通報される。
脱獄時に警官を殺し、しかも銀行強盗の際にも、何人か殺している。
都合10人以上も殺しているので、警察は血眼になって兄弟を追っていることが、画面で語られている。
すでに冒頭から、雑な作りであることが明白である。

 兄弟を逮捕する固い決意だ、と警察が発表すると、テレビのレポーターが「警官が殺されているが、犯人の逮捕には警官による復讐的な行動が出ないか」と質問する。
この質問には、感心させられた。
それに対して、警察のほうも、実に冷静に否定していたのが印象的だった。

 日本のレポーターが、こんな質問をするとは想像だにできないが、もしこの質問をしたら、警察は烈火のごとくに怒るだろう。
感情と事実がわけられない人々には、何故この質問に重大な意味があるのか判らないに違いない。
日本の記者たちは、犯行の現状や警察の犯人逮捕については質問しても、警察活動の行動基準については質問しない。
警察が犯人逮捕にばく進するとき、マスコミはそれに協力すべきであり、警察活動を客観的に見るなんて発想はまったくない。
いまだに冤罪が起きるわけである。

 逃亡する兄弟は、兄が冷静な銀行強盗の専門、弟が性犯罪者という設定だが、それがどうもよく判らない。
その設定はいいとしても、映画のなかでうまくそれが働いてない。
銀行強盗のあと逃亡するとき、銀行員を人質にしてくるが、モーテルに入ったときに兄は殺さないと約束しておきながら、弟が簡単に強姦して殺す。
モーテルに入って、兄弟して輪姦してしまうほうが自然だし、むしろそこから関係が始まるほうが話しに発展性があった。

 兄弟のモーテルのシーンと相前後して、ハーベイ・カイテル親子がキャンピング・カーで旅行していることが描かれる。
そこでハーベイ・カイテルが、疲れたから普通のベットに眠りたいといったとき、逃亡兄弟とからむことが見えてしまう。
はらはらドキドキ、予想を裏切る展開がいい映画だとすれば、先が見えてしまうこの映画は二流である。
しかも、タランティーノがハーベイ・カイテルたちの部屋のドアーをノックしてくるとは、もう驚きも何もない。

 ハーベイ・カイテル親子のキャンピングカーに乗って、トイレにジュリエット・ルイスと兄弟二人が隠れて、メキシコへの国境をこえようとする。
怪しいと感じた国境警備員がトイレまで捜査に来るが、ジュリエット・ルイスが用便中を演技して、捜査官の目を逃れる。
そして、メキシコへとはいる。ここまでとこれ以降が、まったく違う映画なのである。
これからは、吸血鬼の経営する酒場での、乱闘シーンがえんえんと続くだけである。
また、タランティーノがジュリエット・ルイスを性的に興奮して異常な目でみるシーンが続くが、あれは単なる自己陶酔的な演技である。

 後半の主な舞台である酒場のイメージが貧困である。
美女とマッチョが、バイク乗りとトラックの運転手だけをカモにしているという設定自体が、もはや古い。
豊満な肉体派美女の裸、蛇、マリアッチ姿の音楽、マッチョ、トラック、オートバイ、砂漠の酒場、ここが夕暮れから夜明けまで経営しているので、題名が「フロム ダスク ティル ドーン」なのであり、だから吸血鬼なのだろうが、平凡で貧困な想像力である。

 吸血鬼の話しにつなげたときに、この映画は駄作になるよう運命づけられた、といっても過言ではない。
吸血鬼ものは、キリスト教や吸血鬼にまつわるルールができすぎている。
そうしたルールに話しの展開が拘束され、驚きがなくなってしまう。
だから、役者たちの性格が浮かび上がってこなかった。

 兄弟二人の性格付けにしても、尻切れとんぼであったし、ジュリエット・ルイスに至っては、どういう位置づけかまったく判らなかった。
異常さをうちに秘めた牧師の娘、と言うには描写が不十分である。
唯一ハーベイ・カテルの牧師だけが理解できるのだが、それは脚本によるのではない。
観客がもっている、通俗的なキリスト教牧師のイメージとの対比によって、理解できるのである。

 おもしろい脚本に基づいて、いままでの映画とは少し違うタッチで売りだしたのがタランティーノの映画だったはずである。
だが、この脚本はまずい。いまや有名になったタランティーノには、お金がたくさん使えるようになったんだろう。
SFXをふんだんに使い、大きなセットをくみ、大勢の人を登場させた。
しかし、お金が使えるようになって、かえって話しが分解してしまった。
映画のおもしろさは、お金ではないという見本である。

 タランティーノのうりは、映画オタクなところだったが、メジャーになってもこのスタンスを維持するのは難しい。
正統派の映画製作姿勢から出発した人は、発展的な展開が期待できるが、オタッキーな姿勢は一時的にはおもしろいものをつくるが、大きく伸びる将来性があるのだろうか。
映画が好きなことは伝わってくるだけに、しっかりした脚本を作るところから始めて欲しい。
1996年アメリカ映画。


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