タクミシネマ                    エビータ

 エビータ      アラン・パーカー監督

 アルゼンチンの独裁者ペロンの奥さんだったエヴァ=エヴィータの生涯を描いたミュージカル映画である。
台詞がすべて歌というのは、最初は戸惑うが台詞に関してはすぐに慣れる。
慣れるとむしろ歌のない無音の間が、不自然に感じてくるほどである。
歌がない時つまり人の声が切れた時、扉を開ける音などの自然音が気になる程度で、ミュージカルはミュージカルの良さがある。
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劇場パンフレットから

 ペロンは高級将校だが、エヴィータは田舎で妾の子として生まれ、15才の時に流行歌手についてブエノス・アイレスに出てくる。
その歌手には家庭があり、たちまち捨てられる。
持ち前の上昇指向と美貌によって、男から男へと渡り歩き、とうとう大統領候補のペロンの愛人になる。
その後ペロンを助けて彼を大統領に当選させ、2人で独裁政治を行い、33才の若さでガンのために現役のまま死亡する。

 ペロンに関しては、軍事独裁として悪名が高いが、その妻だったエヴィータも政治領域では評判が悪かった。
しかし、映画は政治的な主張はいっさいせず、私生児として生まれた一人の女性が、最高権力を掌に入れるまでを描いている。
政治的な主張を排除するという意味では、肉声で台詞をやりとりすると生まれる生々しい迫力が消えて、ミュージカル仕立てにしたことはかえって適合していた。

 主人公エヴィータには、もちろんマドンナ。
彼女が歌い踊り、演技をする。
映画としては、彼女のワン ウーマン ショウである。
彼女は映画撮影の後半ではすでに妊娠していたらしいが、それでもマドンナの歌、踊りともに上手い。
しかも、マドンナの生命力溢れる積極的な生き方が、エヴィータの生き方と重なって、説得力を増していた。

 マドンナは、一人の貧しかった女の生き方を、力強く歌いあげていた。
とくに、Don't cry for me argentina は、映画の要所要所で何度も歌われ、実に効果的だった。
そして、You must love me は、エヴィータの最後を飾るにふさわしい、情感溢れる歌だった。

 女性の生き方としては傑出したものであっても、政治家としては問題の多い彼女である。
アラン・パーカー監督はさすがに、エヴィータ絶賛という映画には仕立てない。
本音というか庶民の声をチェという男(アントニオ・バンデラス)を設定して、彼に語らせていた。

 これが効果的に働いており、独裁者の妻を主人公に描きながら、映画としてはエヴィータの主張や生き方に、距離をとることに成功していた。
そして、人間エヴィータの生き方には愛情を持って接しながら、政治家エヴィータには批判的な姿勢を保つという映画に仕上がっていた。
事実と願望は分けることができる見本である。

 アントニオ・バンデラスのスペイン語で歌う部分は、当然のことながら綺麗なスペイン語で、しかも彼には独特の雰囲気があった。
おそらく彼の存在感が、エヴィータに集中したカメラを、映画としてはアルゼンチンの軍事政権を批判するところまで到達させたのだと思う。

 できれば、エヴィータを撮りながらも、エヴィータの活躍は、貧しく遅れているアルゼンチンの近代化を、さらに10年は遅らせたことまで描き出して欲しかった。
ペロンの位置づけが、エヴィータに引っ張られた柔弱な男と描いたために、エヴィータの活躍が歴史を遅らせたという政治領域まで届かなかったのだろう。

 エヴィータはカソリックを信じ、慈善事業などのカムフラージュをしながら、彼女自身は巧妙な集金機構を作り上げ、贅沢な毎日に明け暮れた。
そのメッキが剥がれる前に、彼女は若くして病に倒れたので、国民的な英雄のままで死ぬことが出来た。

 しかし彼女の死後、ペロンは堕落した政治家として、国を逐われることになる。
カソリックの強い南米では、神が死んでいないので、貧富の差が大きい。
それでいながら、皮肉なことに貧しい人たちほど、敬虔なカソリックの信者なのである。

 大勢を動員して、大変にお金のかかった映画だが、カソリックが強いアルゼンチンではこの映画のロケが出来ず、他の国でロケをしたという。
カソリックのような農耕社会の宗教が支配しているところでは、この映画が示したような希望(人間エヴィータへの愛情)と事実(私腹を肥やした政治家エヴィータ)を区別する姿勢がとれない。
カソリックは、貧しい南米のガンである。

1996年のアメリカ映画 


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