タクミシネマ                    絵の中のぼくの村

絵のなかのぼくの村      東陽一監督

 画家・田島征三の子供時代を映画化したもので、1948年の四国が舞台である。
なぜ今、この映画なのだろうか。
ベルリン映画祭で銀熊賞をとったというが、古き良き時代への郷愁だけで作られている。
この映画が作られる必然性がない。
過去への郷愁によって、現代を批判する手法は批判たり得ない。

 この映画は娯楽としてではなく、何か訴えるために作られているのは明白だから、それが何か判らない。
もしこれが、長閑さを失ってしまった現代社会への批判だとしら、脳天気楽もいいところである。
こんな批判が通用するほど、現代社会は不健全ではない。
過去の正当化による現代の批判は、保守そのものであり、何も新たなものを生まない。
娯楽作品を作っているのではなく、監督本人はまじめに社会批判をしているつもりだけに、始末が悪い。

 画家の島田征三兄弟が今あるのは、あの時代の体験が決定づけたというのは判る。
しかし、それは農耕社会に生活する人々は、誰でも体験することである。
映画は常に未来を指向するとは断定しないが、それでも、過去が過去としてあるわけではない。
過去は未来のために紐とかれるのだから、多くの人の共感を得ることができる。
そして、意味がある。

 残念ながら、この映画は、農耕社会の終期を懐古しているだけであり、あえていえば、農耕社会への鎮魂歌であろうか。
狂言回しのごとくに、しばしば登場する三人の老婆は、最後に我々のいる場所はもうないと言って消えるが、彼女たちはまさに農耕社会の象徴である。
映画としては、狂言回しの台詞を筋のなかで観客に判らせるべきで、狂言回しに言葉で語らせるのは、下手な演出である。

 戦後設立された教育委員会につとめる男性と女性教員のあいだに、島田兄弟は生まれる。
工業社会の先兵としての学校の教員を、親として育つ。
原田美恵子が演じる母親=教員は、農耕社会にはとけ込めず、近代的な感覚を大切にするが、部落の子供には差別まるだしである。
教員という正義の体現者が、自分の子供には差別を強制する、工業社会の構造がよくみえる。

 この映画は、島田氏の実体験なのであろう。
彼は親を冷静にみているが、この映画ではそれがどう解釈されているのか判らなかった。
部落の子供が、かってのサンカのように、差別されながらも逞しく生きていることに共感しているのか、差別を否定的にみているのか、はっきりさせたほうがいい。
この親の矛盾は、近代国家の矛盾そのものだから、監督は観客に判断にゆだねず、ここで黒白をつけるべきだった。

 明治以来、教員という近代国家の先兵は、農村社会を破壊し続けた。
もちろん破壊者は敵だから、教員は村落共同体へとけ込めなかった。
教員は所詮、土地をもたない「よそもの」であった。
両者は解け合わないまま、時代の経過=産業構造の変化が共同体を崩壊させていく。
農耕社会の共同体の崩壊が、結果として教員の正当性を確立する。
つまり国家の勝利に終わっていく過程を、もっと克明に追って欲しかった。
農耕社会への個人的な郷愁で終わるには、あまりにもおしい主題である。

 原作者の島田氏は、農耕社会から工業社会へうまく適応しながら、農耕社会への郷愁を絵にして生活しているとすれば、農耕社会の相対化はないものねだりかも知れない。
しかし、監督が映画化するのだから、時代性を組み込むことは不可欠である。
そうしてこそ、第三世界の追走するランナーたちにも、この映画が大きな刺激になる。

 原田美恵子は、相変わらず清純そうな顔に、豊満な肉体というミスマッチのおもしろさ。
子供と一緒に風呂に入り、子供に自分の性器を見せて、子供が生まれるのを説明するくだりは不要である。
しかし、姉と一緒に寝ている子供が、そっと浴衣のわきから、姉の乳をさわろうとする場面は、音楽入りで近づく子供のノリが良かった。
1996年日本映画。


TAKUMI シネマ>のおすすめ映画
2009年−私の中のあなたフロスト/ニクソン
2008年−ダーク ナイトバンテージ・ポイント
2007年−告発のときそれでもボクはやってない
2006年−家族の誕生V フォー・ヴァンデッタ
2005年−シリアナ
2004年−アイ、 ロボットヴェラ・ドレイクミリオンダラー ベイビィ
2003年−オールド・ボーイ16歳の合衆国
2002年−エデンより彼方にシカゴしあわせな孤独ホワイト オランダーフォーン・ブース
      マイノリティ リポート
2001年−ゴースト ワールド少林サッカー
2000年−アメリカン サイコ鬼が来た!ガールファイトクイルズ
1999年−アメリカン ビューティ暗い日曜日ツインフォールズアイダホファイト クラブ
      マトリックスマルコヴィッチの穴
1998年−イフ オンリーイースト・ウエストザ トゥルーマン ショーハピネス
1997年−オープン ユア アイズグッド ウィル ハンティングクワトロ ディアス
      チェイシング エイミーフェイクヘンリー・フールラリー フリント
1996年−この森で、天使はバスを降りたジャックバードケージもののけ姫
1995年以前−ゲット ショーティシャインセヴントントンの夏休みミュート ウィットネス
      リーヴィング ラスヴェガス

「タクミ シネマ」のトップに戻る