タクミシネマ                    クラッシュ

クラッシュ     D・クローネンバーグ監督

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 軽飛行機の格納庫で、飛行機の機体をなめるように見せることから映画は始まる。
カメラが引くとその飛行機によりそって、翼に自分の乳房を押しつける女性キャサリン(デボラ・アンガー)があらわれる。
彼女があえぎ顔をすると、後ろから男性が近づいて、スカートをめくって愛撫を始める。
この導入が、すでに陳腐である。

 主人公のカップルは性交の快楽を求めて、互いに公認で他の相手と性交する。
主人公のジェームス(ジェームス・スペイダー)は交通事故をおこし、衝突の時に絶頂感を得る。
その後、車内での性交が始まる。
ところが相手は、ジェームスが交通事故で死なせた男性の同乗者ヘレン(ホリー・ハンター)である。

 狂言回し役のヴォーン(エリアス・コーティアス)によって有名人の死亡事故が再現され、実際に車をぶつけるのがショウーとなっている。
交通事故は性的な絶頂であり、車自体が人間的な要素を持っているように語られる。
車があたかも大型動物のように衝突し、傷つく。
車の中で、男女のからみが演じられる。

 D・クローネンバーグ監督は、車という物体を人間に擬人化する。
人間の性交を車の動きに重ね、車自体が行動するように、もしくはその反対に描きたかったらしいが、それは成功していない。
彼は性情報の受発信を性器に集中し、性交を性器の結合に限定している。
性交の快楽を機械的なものと捉えているが、それが決定的に違う。

 性は肉体という物質の上にあるが、それは性器という物体に局限されない。
快楽とは精神的なもので、想像の産物である。
それゆえ快感とは、衝突といった瞬間的なものではない。
車が性的に見えることがあっても、それは車自体が性的なのではない。
車に投影する人間の想像力が性的なのであり、想像力を持たない車という物体が性的なのではない。

 車内での性交をのぞくと、性交体位は男性が女性の後ろにいる後背位が多い。
車内の性交でも、性交における女性の自由度が低い。
性交の目的を生理的な絶頂感の入手に絞りこんでいるのは、男性中心的な感じが強い。

 男性が乗る車が古いリンカーンのオープンで、女性が乗る車がユーノスというのも、そしてリンカーンをユーノスの後ろから軽く追突させるというのも、通俗的な男性中心的な描写である。
そうした意味では、車と性的なイメージを結びつけるのも、男性主観であろう。

 下肢障害の女性が、メルセデスのショールームで販売員に手伝って貰いながらシートに座るとき、補助具でシートの革を破るのは面白かった。
彼女が自分の傷跡への刺激に、性的な興奮をするのは理解できなかったが、性交する美しい障害者の存在が犯罪的で、彼女の性交には何か禁断の味があった。

 成人指定の映画でありながら、女性もたくさん見に来ていたが、この映画を支える感覚は古い。
性を描くことが禁止されていた時代なら、性の核心として性器的な世界を描くことは意味があった。
性表現が解禁された直後は、通俗的な性の幻想から性器へ、もしくは性器の結合へとカメラが向かったことは当然だった。

 しかし、いまや性表現の規制はほとんどなくなり、性の本質を追及できる時期に来ている。
今後の性表現が指向するのは、性が如何に全人間的であるかを論証する方向である。
むしろ今後は、性器やその結合から、拡散する方向が映像化されるだろう。

 この映画には、性を巡る観念がきわめて男性中心的で、性や性交を男女の関係と捉える視点がない。
男性の性に対して、女性の性を対置しても発展はないが、両者は関係性としてのみ昇華されるのだから、男性中心主観は建設的ではない。
それは独りよがりな男根主義と、批判されても仕方ないだろう。
1996年カナダ映画。


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