タクミシネマ           三人の天使

 三人の天使     ビーバン・キドロン監督

  ドラッグ クイーンの映画である。
ドラッグ クイーンとは、着飾ることを自らに至上命令と課し、それにこのうえない喜びを感じるゲイのことだそうだ。
劇場パンフレットから

 パトリック・スエージ演じるヴィーダは、ヴォーグから抜け出したような正統派の衣装だが、男性としてもすごく背が高い。
ウエズリー・スナイプが演じるもう一人は、黒人で筋肉隆々たる大男である。
ヒスパニックのチチだけが小柄で、女性的である。

 ゲイは非常に優しい。
外見は派手で騒々しいが、繊細で感情細やかな気配りは、彼ら特有のものがある。
主流からはずれている人間は、落ちこぼれた人への共感が無意識のうちにあるのだろう。
むしろ、功なり名を遂げた人たちは、自分の自力で成功したと思っているから、落ちこぼれた人たちに対する共感が薄いような感じがする。

 では、落ちこぼれた人間が、素晴らしくできた人間かというとそうでもない。
貧乏にいる人たちは、出世した人たちから目をかけてもらうと、すぐ尻尾を振ってしまうことも、また悲しい事実である。
勲章や天皇から言葉があると、断る貧乏人は少ないだろう。
戦前の貧しい職人たちは、宮内庁買い上げに驚喜したものである。
貧乏というのは、人間からプライドを奪い、性根を貧相にする。貧乏とは悲しいものである。

 わが国も、喰うに困ることはないくらいにはお金持ちになった。
だから、貧乏が強制してくる性格形成からは、少しずつ解放されてきた。
たとえば、女性は生活のために結婚しなくてもよくなった。
自分で経済力のある女性は、養ってやるといわれても、それがプロポーズだとしたら、結婚よりも自由な生活を選ぶくらいにはなってきている。

 喰えない世界、これは厳しいものである。
いまだ日本の結婚が、経済的な安定を第一条件としているのは、わが国が貧しかった時代の名残である。
ゲイは、裕福な世界でしか発生しない。
裕福になって、どんなことをしても喰うには困らなくなって初めて、常識から逸脱できる。
わが国も、やっとそこに近づいてきているので、さまざまな逸脱が目立つようになったが、ゲイはいまだ先進国ほどには発生してはいない。

 ゲイは、自らの生き方として逸脱を選んだがゆえに、高いプライドを維持できる。
それに対して、わが国の逸脱者たちは時代への反発で逸脱したので、ひ弱で志しが低い。
ましてやタイあたりの男娼は、売春婦と同様に金が目当てだから、志しも何もあったものではない。

 ビーバン・キドロン監督は、女性だそうな。
女性が、ゲイの映画を撮るのは理解できる。
ゲイは肉体的には男性でありながら、精神的には限りなく女性に近い存在だから、むしろ女性のほうが共感できるのかも知れない。

 この映画でも、男性たちはドラッグ クイーンを女性と間違えて誘惑し、女装の男性とわかるや烈火のごとく怒る。
しかし女性は、ドラッグ クイーンが男性だと知っていながら、そのままで受け入れる。
ゲイの発生と女性の台頭は、同時進行の現象である。
こうした背景は、わが国ではまったく理解されない。
知的には、わが国はまだまだ後進国である。

 三人のドラッグ クイーンを主人公にした、これとよく似た映画に「プリシラ」があった。
映画の作りとしては、「プリシラ」のほうがかなり上である。
「プリシラ」は、映像的にユニークなシーンがたくさんあった。
そして、三人とも白人でだったので、主人公たちのあいだに対等な関係ができていた。
それに対して、この映画では、白人、黒人、ヒスパニックとアメリカのメジャーな三人種を配置した。

 白人は指導者。
黒人はすでに固有の地位を確立しつつある存在。
ヒスパニックはアメリカ社会に同化しようと、いま懸命に働いている状態。
映画でもそれをなぞらえている。
まさに、アメリカの現状なのだが、これが物語の構造を決定していたので、話がうまく絡み合って流れない。
本来ゲイは横並びのはずだが、この映画では大先生=白人、小先生=黒人、生徒=ヒスパニックという指導被指導の関係が出来てしまっている。

 「プリシラ」は、男性のままでいる女装ゲイだった。
だから、演技は男性ぽかったのにたいして、この映画では、三人とも女性的な動作や仕草には、本当にうまいものがある。
ハイヒールをはいての歩きは当然のこととして、なにげな体のうごかしかたまで、よく女性を研究している。
<to wong foo thank you everything, julie newmar>という言葉が何度も出てきたが、あれはどういうことだったんだろう。


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