タクミシネマ         ため息つかせて

  ため息つかせて    フォーレスト・ウィティカー監督

 「ボディーガード」は、ホイットニー・ヒューストンの魅力を見せる映画だった。
この映画は、ベストセラー小説の映画化だからでもないだろうが、彼女のワンウーマン映画ではない。

 黒人の女性四人が主人公である。
彼女たちが、それぞれに悩みながらも、自分で自分の生活を作っていく。
この映画は、アメリカの女性が男性の経済的な庇護下になくても、いまや独力で生活できることを前提にしている。

 ホイットニー・ヒューストンはテレビのディレクター、他の三人はそれぞれ会社の勤め人、美容師そして専業主婦という設定であるが、役者と言うのは、やはりすごいものである。
ホイットニー・ヒューストンといえば、世界的な歌手=エンターテイナーである。
その彼女より、有名ではない他の三人の女性たちのほうが、はるかに存在感がある。

 最初のうちは、どうしてもホイットニー・ヒューストンに眼がいってしまう。
しかし、映画を観終わってみると、彼女の演じた存在感は薄く、他の三人が演じた女性たちの生活が、くっきりと浮かんでくる。
ヒロインが一人ではなく、四人が横並びの設定なので、役者と歌手の差が目立ってしまう。

 専業主婦の女性が、黒人の夫から離婚される。
彼女は大学まで卒業しながら、経営者の妻は家庭にいて欲しいという彼の言葉にしたがって、専業主婦として子育てに専念してきた。
しかし、結婚11年目にして、出世した夫が会社の白人経理担当者と結婚したいので、離婚して欲しいという。
青天の霹靂だった彼女は怒り狂うが、離婚裁判で大きく財産分与が認められ、それで生活ができるようになる。
結婚という制度がきしんでいるのは、アメリカではすでに常識のようだ。

 
劇場パンフレットから

 男性支配の社会では、男性のほうから女性に誘いをかけるのが、正当なルールだとされてきた。
男性からの誘いがないうちは、女性は慎ましくあるのが自然なのだと、男性支配の社会は言ってきた。
そんなことはない。女性だって男性に興味があるのだと、この映画は素直に言う。

 しかし見事なまでに、結婚という言葉がでてこない。
どこかの会社に勤めているのだろう女性は、妊娠したと判ると、さっさと相手の男性をお払い箱にしてしまう。
男性の精子だけが欲しかったのである。
一人で子供を育てるという。男性は欲しいが、結婚はしなくてもいいという傾向は、本当に強くなった。
日本の映画が、いまだに結婚を恋愛の終着点と考えているのとは、大変な違いである。

 専業主婦以外の三人は、職業をもっている。
経済力があるので、男性に頼らなくても生活には困らない。問題は男性がいないだけである。
女性が、男性の経済的な庇護を求めなくなったので、精神的なそして肉体的な要求だけが男性に求められる。

 現状は、男性支配の価値観から逃れられない男性ばかりだから、女性にとっては気に入りの男性がいない。
美容師には、すでに17才の男の子供がいるが、どうも相手の男性が家出したらしい。
まだ未練はあるのだが、彼はゲイになって、もはや女性に興味がないという。

 原作は女性だろうと思うが、子供に対する男性の役割をはっきり示していた。
それは、子育て自体は女性だけでもできるが、社会とのつながりを子供に教えるのは、男性の役割だというのである。
たしかに、母性が生理的なものだとすれば、父性は社会的なものである。
美容師は、女手一つで子育てをしてきたので、子供を拘束しがちである。
そこへ向かいの家に、独身の男性が引っ越してきた。彼が子供に父親代わりの役目を果たす。

 俳優でもあるフォーレスト・ウィティカーが、始めて撮った劇場用の映画である。
残念ながら、彼は監督業には俳優ほどの才能はないようである。
俳優たちの演技が一つになって流れておらず、それぞれがうまく絡み合って画面が展開しない。
一つ一つの演技をモザイク状につなげたような感じがする。
また、四人の女性が集まって、美容師の誕生会をするシーンでは、四人を横に並べているので、画面に立体感がなく躍動感が薄かった。

 男性支配という既存の価値観が崩壊している。
この混乱期において、戸惑いながらも明るく生きようとする女性たちに、温かい眼差しを投げかけている映画である。
ただ少し気になったのは、黒人と白人の分離が言われる昨今、黒人だけで完結している映画が歓迎されているのだろうか。
人種差別が、いままでとは異なったかたちで、顕在化している状況を感じさせる映画であった。

1995年のアメリカ映画


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