タクミシネマ           イル・ポスティーノ

 イル ポスティーノ  マイケル・ラドフォード監督

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 第二次大戦後、世界中で共産主義が台頭していた。
南米のチリもご多分にもれず、人々の生活苦を背景に共産主義が台頭していた。
しかし、チリ政府は共産主義を非合法化し、共産党の活動を許さなかった。
有名な詩人でもあり、共産党の国会議員でもあったパブロ・ネルーダは逮捕を逃れて、イタリアに亡命した。

 イタリア政府はパブロ・ネルーダ夫妻の亡命を受け入れたが、都会には住まわせず、地中海の小さな島に彼の住まいを提供した。
ヨーロッパにおける、詩と詩人の地位は非常に高い。
有名な詩人ということで、イタリアのインテリたちは大歓迎した。

 ナポリの沖に浮かぶその島は、時々飲み水もなくなるような鄙びた漁村で、島民の多くは漁民だった。
その島の住民の一人に、漁師仕事の嫌いなマリオという青年がいた。
映画はこの青年の描写から始まる。パブロが引っ越してきた家は、島の中心から離れている。
局長が一人の郵便局には、パブロの家まで、郵便の配達をする者がいなかった。
文盲の多い島だったが、ゆっくりであれば字の読める彼が、郵便配達人に志願した。

 パブロには世界中から郵便が来る。
しかもその差出人がほとんど女性である。
字こそ読めるが無学なマリオは、年老いた詩人が女性にもてることに驚愕する。
彼はパブロが女性にもてるのは詩のせいだと考え、自分も詩人になろうとする。
映画はゆっくりしたテンポで、貧しいイタリアの漁村の生活を描きながら、マリオがパブロに触発されて、近代人に目覚める過程をおっていく。

 ある日、一人の女性に恋したマリオは、パブロに女心をつかむため、詩の作り方を教わる。
パブロは詩の作り方は教えられないが、パブロの友達という演出をして、彼女の気持ちをマリオに向かせることに成功する。

 詩はつくった人のものではなく、それを必要とする人間のものであると考える彼は、あたかも自分が書いたような顔をして、パブロの詩を彼女に聴かせる。
パブロの情熱的な詩が、彼女の気持ちをつかみ、二人は結婚する。
パブロは共産主義者でありながら、教会での立会人となる。
マリオは、無学な自分を友人として扱ってくれるパブロに、人間的にも引きつけられていく。

 その後、パブロは国外追放が解け、故国に帰る。
パブロが居るあいだこそパブロの詩を盗作していたマリオだったが、彼が居なくなってから詩作ができるようになった。
マリオは共産主義者大会で自作の詩を朗読しようとしたとき、取り締まりの警察の流れ弾に当たって死んでしまう。
そんなこととは知らず、何年ぶりかでパブロがマリオを訪ねて島へ来ると、マリオの妻とパブロから名前をもらったマリオの子供パブリートがいた。

 詩作ができるようになったおかげで、彼は中央に出かけ流れ弾に当たって死んでしまう。
詩など書かないほうが、彼は長生きできた。
農耕社会の住人である漁民が、近代への入り口で楽しい夢を見てしまったつけが、死だとは運命は何と皮肉なのだろう。

 イタリア映画だが、監督はイギリス人である。
マイケル・ラドフォード監督は、農耕社会から工業社会への転換を、人間の本質に迫った長い視野で見ている。
そして、詩という最も高級な文学が、言葉として力を持ち人々を動かす社会を描いてみせる。
監督は共産主義にいささかの皮肉を込め、時代の変化それ自体を否定するのではないが、変化のなかで翻弄される人間をユーモラスにしかも温かく描いている。

 構成のしっかりした画面、美しく温かい風景、人間の知的な営みへの崇拝、言葉への信仰など、良くできた映画である。
映画の題名は郵便屋だから主人公はマリオだと思うが、パブロにも同じくらいの重心がかかっている。
それはパブロを海岸に遠景する最後のシーンがよく物語っている。
そのため結果として、マリオという人間を描くのではなく、時代を描いている。

 時代背景を欠いた映画はあり得ないから、時代を描かざるを得ないのは判る。
けれども時代を描くことに重心をおくと、時代が先験的に存在することになり、すでに見た話になってしまう。
この映画で問題だったのは、マリオが詩に目覚めていって、詩が女性との仲立ちをする主題だったのか、詩に目覚めたことによって人生を短くしたことが主題だったのか、判然としなくなったことである。
そのため人間の描き混みが不足し、時代のほうが強調されることになってしまった。
良い映画だとは思うが、青春映画的な限界を内包してしまったことが気になった。
1994年アメリカ映画。


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