タクミシネマ          グレアム・ヤング毒殺日記

グレアム・ヤング毒殺日記 
 ベンジャミン・ロス監督 

 外見はまったく普通だけれど、毒殺することを無上の喜びとする男の実話をもとにした映画である。
映画はどんな意図で作られても構わないが、多くの場合、特に劇場で公開されることを前提にしているものは、制作意図に何らかの共感がなりたつものだが、この映画にはそれがなかった。
製作者は、なぜこの映画を作ったのだろうか。見おわって不思議な気がした。

 主人公は、小さな時から化学に興味があり、その分野では出色の才能があった。
近所の薬局で薬品を買って、調合して楽しんでいた。
最初は、ダイヤモンドの美しさに魅せられて実験をしていたが、やがて、毒薬を人間に飲ませることに興味が移る。
まず、母親(後妻)に微量の毒を少しづつ飲ませ、ゆっくりと殺してしまう。
父親にも毒をもるが、今度は殺すにいたる前に、逮捕されて収監される。

 精神鑑定の結果、精神異常ということで刑を免れて、精神病院にはいる。
そこで人道的な精神科の医者に出会って、治療を受け社会復帰ができる。
この過程は素晴らしかった。
体が壊れたら直す、精神が壊れたら同じように直すという、この医者の信念は近代の精神病に対する画期的な姿勢である。
夢を通じての精神分析によって、実に正確に治療されて回復していく。
しかし、社会復帰後の追跡治療がなかったため、再発しまた数人の人間を毒殺してしまう。

 この主人公には、感情がない。
精神病院に収監中も、夢を見ない。
医者が夢治療をするが、夢を見ないので、隣の男の夢を医者に語る。
しかし、治療の結果、感情が芽生えてくる。
このあたりは映画だから、実際はどうか判らないが、共感できないというのは、大変な人格欠損である。
映画では服毒自殺となっていたが、1994年、収監中に遺体が発見されただけで、死因は不明らしい。

 貧乏な時代には、犯罪の動機は、金、恨み、痴情と、はっきりしていた。
裕福な社会になって、犯罪の動機が不鮮明になった。
しかしまさかこの映画が、こうした社会に対する批判だったのではないと思う。
この映画のケースは、明らかに人間的な感情の欠落であって、この種の人間を前提にしなければならないとしたら、社会がまったく組めない。
いくら情報社会が、個人化した社会であっても、人間の原形とも言うべきものはある。

 愛とか、ヒューマニズムが強調されるのは、それらが人間に受け入れられるはずだと言う前提があるからである。
愛を共有できないとしたら、最初から人間関係が成立しない。
この主人公は、治療によって回復しているときは、普通の人間感情を回復している。
狂気と正気を行ったり来たりすることは、全体をヒューマニズムでとらえることは出来ても、ここから何かを見いだすのは難しい。

 この主人公が、感情を失った理由は判る。
小さな頃から両親から小言ばかり言われて、愛情のなんたるかを教えられなかった。
愛を教えられなかった者は、愛を体得できない。
鉄は熱いうちに鍛て式の教育は、豊かな人間性を歪める。
かけがえのない子供であることを、ほおずりをし、抱きしめて伝えないと、子供は親の愛を知ることはできない。
イギリス映画独特のシニカルな物の見方で、文化が成熟しきってしまった世界を感じる。
人間を突き放しきった見方である。
こうしたスタンスから立ち上がるのは、何かとても難しい気がする。

 この映画は、シネマカリテのレイト ショウである。
小さな映画館で、9時20分から始まる地味な映画にもかかわらず、30人くらいの人が見に来ていた。
驚いたことに、圧倒的に若い女性だった。
いったい、大人はどこへ行ったのだ、男たちはどこへ行ったのだ。
もはや映画文化は、若い女性たちによってしか支えられないのだろうか。
1990年ドイツ・フランス・イギリス映画。


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