タクミシネマ          エンジェル・ベイビー

  エンジェル ベイビー    マイケル・ライマー監督

 精神障害を持った人々の話だが、初めは何が始まるのか判らなかった。
雨の路上に一人の男が、濡れるのもかまわず立っている。
そこへ三人の男が建物から現れ、四人でバスに乗る。
ボーリングに行くが、投げ方が少し変である。
ふざけているのかと思っていると、どうやら本気らしい。
そこで、初めて精神障害者だと判る。

 彼等が出てきた建物は、精神障害者の集う場所だった。
ハリー(ジョン・リンチ)もそこに通う一人。
彼は薬で精神分裂症を押さえている。
発症まではIBMに勤めるサラリーマンだったが、今は兄夫婦の家に同居している。
そこへケイト(ジャクリーン・マッケンジー)というかっこいい女の子が登場、たちまちハリーは虜になる。
二人は恋に落ち、やがて同居そして妊娠。
精神障害者の妊娠は、障害者の誕生が高い確率で予測されるが、本人たちは出産を決意する。

 ハリーもケイトも、ふつうに生活していれば何の異常もない。
しかし、薬の助けと少しだけれど介添えがあってのことで、完全に自立した生活が可能なわけではない。
二人だけの生活では、薬を止めてきれいな生き方を試みる。

 しかし、薬を止めた彼等は発症し、やがて破綻を迎え、ケイトは精神病院に強制収容される。
見舞いに行ったハリーは、薬漬けにされたケイトを逃亡させる。
そして、二人で隠れて住むが、ケイトが出血したことから病院へ。
そのまま出産するが、ケイトは赤ちゃんを残して死んでしまう。

 肉体労働が支配的な時代は、身体障害者は肉体労働が出来ず、労働力として劣ったから差別された。
しかし、頭脳労働が支配的になると、肉体的な劣性はどうでも良くなる。
肉体的に劣等であっても、頭脳さえ優れていれば何でもない。
だから、身体障害者の問題は、すでに理念的に解決された。
むしろ身体障害者の頭脳を、使わずに放置することはもったいない。
残っているのは、彼等の頭脳を使えるような環境整備のために、効率的にお金を使っていく方法だけである。

 老人はすべて身体障害者と言ってもいい。
だから身体障害は、全員の問題でもある。
肉体的な障害は、外見からも判るから、他人が配慮もできる。
しかし、知能障害は見えない。
頭脳労働が支配的な価値になればなるほど、知能障害はますます差別の原因になる。
社会的に馴染まない存在になってくる。

 この映画は、精神障害者の恋愛という見たくない問題に、正面から取り組んでいる。
もちろんマイケル・ライマー監督は、ハリーとケイトの恋愛を賛美しているし、出産も肯定している。
監督は知的障害者を健常者とまったく同じように扱っている。
その通りだと思う。
この映画の結論は本当に正しい。
障害者も混在する世の中こそ、正常である。
障害者も健常者と同じように扱われてこそ、健常者の人格も保証される。

 精神障害は障害者の問題ではなく、健常者の問題である。
精神的な活動が人間の尊厳だとすれば、知能をどうとらえるかは人間の問題そのものである。
精神障害を異常ととらえ、それを通常な状態に矯正しようとする発想は、人間に優劣をつけることである。
それはナチの人種政策とまったく変わらない。
異常と正常は連続しており、両者を分けるために線を引く決まった場所はない。
精神障害者もそのままで、同じ人間である。
しかも精神障害を異常と考えるこの発想では、天才の発見ができない。

 精神障害にたいして、薬がずいぶんと効くようになった。
てんかんは薬で押さえられるし、躁鬱症や分裂症に対しても薬が処方される。
医学の発達は人間を救うはずだった。
この映画では、二人が薬の服用を拒否するくだりがあるが、薬の服用は人間性の否定につながるかも知れない。
底知れない人間愛を秘めたオーストラリアの映画である。
1995年オーストラリア映画。


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